佐賀で治験ボランティアを募集中
もしも薬がなかったら
風邪をひいた、熱が出た、胃がもたれる、ケガをした・・・。日常生活で薬を使うことはよくあります。もしも薬がなかったら、人間はこんにちまで生き延びてこられたでしょうか?
人と薬の関わりは古く、紀元前5000〜4000年頃にはすでに使われていたようです。
当時の薬の材料は植物や動物・鉱物などで、今も薬の成分として使われているものがたくさんあります。先人の知恵には感謝しかありません。
現在、用いられている薬の多くは1940年以降に発見・開発されたもので、人類の生存に大きな貢献を果たしています。
治験とは
治験とは「治療試験・・・国から薬として承認を受けるために行う臨床試験(人による試験)」のことです
新しく開発された薬の候補を、実際に人に使った場合の有効性や安全性、副作用について試験・確認する過程を指します。
どんなに有効な成分でも、治験を経なければ国から「くすり」として承認されず、販売することもできません。
治験は新薬誕生の「要」、そして、治験に協力してくれる人(治験ボランティア)もまた、大切で重要な存在です。
治験ボランティアには協力費が出ます
治験ボランティアは、本来は無報酬なのですが、治験参加中の時間的拘束や日常生活での制限、交通費などの負担を軽減するために、協力費という名目でかなり高額の「負担軽減費」が支払われます。そのため、結果的には有償ボランティアということになります。
通院タイプの治験
所要時間4〜5時間程度。協力金(負担軽減費)は7,000円〜10,000円
通院タイプなら、いつもの生活パターンを変えることなく、気軽に参加できます。
入院タイプの治験
病院に入院し、きちんと時間管理された生活を送りながら検査をします。協力金(負担軽減費)は、1泊10,000〜20,000円
長期の休みを確保しやすい自由業の方や学生の皆さん!入院タイプの治験に一度参加してみませんか。
※治験についての詳細は厚生労働省のホームページに紹介されています。
治験とはでご確認ください。
佐賀県で治験ボランティアをする!実施施設・病院のご案内
治験実施施設・病院の住所、ホームページURLなどをご参考に、お問い合わせください。
<おことわり>
佐賀県で治験を実施している施設・病院は、以下にご紹介したものが全てではありません。ご了承ください。
治験実施施設・病院
国立病院機構 佐賀病院
施設紹介
平成22年、佐賀県唯一の総合周産期母子医療センターとして認定を受け、平成23年より地域医療支援病院となりました。また佐賀県より特定二次救急医療機関として指定を受けています。
今後も、さらなる救急医療体制の充実を目標とし、引き続き三次救急医療機関である佐賀大学附属病院、佐賀県医療センター好生館との連携を強めて、二次救急の役割を果たしていきます。
佐賀県佐賀市日の出1-20-1
治験管理室
https://saga.hosp.go.jp/profession/cmt_01.html
治験参加希望の方へ
https://saga.hosp.go.jp/profession/cmt_02.html
国立病院機構 肥前精神医療センター
施設紹介
肥前精神医療センターは、昭和20年の開設初期より「The Most Important Person In This Hospital is the Patient.」・・・この病院で最も大切な人は患者さんであるという理念を掲げ、患者さんの権利を守ろう、社会復帰を推進しようと、当時としては画期的な病棟の開放化に、いち早く踏み出し現在に至っています。
「ひぜん」は、オールラウンドの先駆的で高度な精神科臨床だけでなく、創造的な臨床研究、全国に向けて情報発信を行う研修、精神科医療の将来を担う人材の育成をも行えるわが国随一の精神科医療施設を目指しています。
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町三津160
治験管理室
https://hizen.hosp.go.jp/section/clinical_trial_about.html
治験参加について
https://hizen.hosp.go.jp/section/clinical_trial_patient.html
地方独立行政法人 佐賀県医療センター好生館
施設紹介
好生館の始まりは古く、1834年(天保5年)、当時、最先端の科学技術を取り入れていた佐賀藩の第10代藩主鍋島直正公によって創設されました。
1896年(明治29年)「佐賀県立病院好生館」となり、2010年(平成22年)以降は地方独立行政法人として、また佐賀の医療を担う地域の中核病院として、医療教育と医療提供との使命を果たしてきました。
2013年(平成25年)5月に、水ヶ江の地を離れ、嘉瀬地区に佐賀県医療センター好生館として新築移転をしました。
佐賀市嘉瀬町中原400
ライフサイエンス研究所・治験
https://www.koseikan.jp/medical_care/irb_guide/irb/
実施中の治験
http://www.koseikan.jp/medical_care/irb_guide/irb/progress/
佐賀大学医学部附属病院 臨床研究センター
施設紹介
「患者・医療人に選ばれる病院を目指して」を理念とする、佐賀大学医学部附属病院は、高度医療技術の開発研究を大きな目標の一つに掲げており、その一貫として、臨床研究センターが設立されました。
当センターでは、臨床研究における倫理的・科学的妥当性及び信頼性の確保に努めながら、製造販売承認を国から得るための治験、医学の進歩を支える臨床研究等についての支援など、より良い医療をより早く患者さんへ提供するために日々努力しています。
佐賀県佐賀市鍋島5-1-1
臨床研究センターのご案内
https://www.hospital.med.saga-u.ac.jp/chiken/about/index.html
募集中の治験
https://www.hospital.med.saga-u.ac.jp/chiken/patient/trial/index.html
国立病院機構 東佐賀病院
施設紹介
循環器内科・糖尿病内科・呼吸器内科・消化器内科・外科・整形外科・小児科の7診療科による専門的医療を行うほか、セーフティネット分野の医療(県内唯一の結核専門医療、九州最大規模の病床数を有する重症心身障害医療)も併設する複合型医療施設です。
また、地域医療支援病院として救急医療のさらなる充実・近隣医療施設との病診連携強化に努めています。
佐賀県三養基郡みやき町大字原古賀7324
治験管理室
https://higashisaga.hosp.go.jp/about/clinical-trial.html
国立病院機構 嬉野医療センター
施設紹介
令和元年6月、新幹線嬉野温泉駅(仮)前に、和の要素を取り入れつつモダンで周囲の観光地とも溶け込む8階建ての病院が完成。
日本最大の病院ネットワーク・独立行政法人国立病院機構(NHO)の目標の中核である地域医療と国の政策医療への貢献を念頭に置き、佐賀県南部医療圏における当センターの役割を十分に理解して、地域完結型の医療に邁進します。
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿甲4279-3
臨床研究部治験管理室
https://ureshino.hosp.go.jp/section/d08.html
概要
https://ureshino.hosp.go.jp/section/d08-01.html
☆佐賀県の治験案件が少ない場合、お隣の福岡県での参加を検討してみてはいかがでしょうか。
治験に参加するなら「治験コンシェル」への登録がおすすめ
治験に興味を持たれた方や参加してみようと思われた方に、「治験コンシェル」への会員登録をおすすめします。
治験ボランティア募集案件を個人で各病院に問い合わせるのは、手間も時間もかかります。また、希望する地域に治験実施病院や案件が無い場合もあります。
「治験コンシェル」なら、会員登録をしてページにログインするだけで、募集中の治験の最新情報が得られます。また、ご自身に合う条件をこまかく設定して検索することができます。
治験コンシェルでは、関東圏や九州を拠点に、日本各地で実施される治験案件を数多く取り扱っており、スムーズなマッチングや応募ができます。
もちろん、登録は一切無料。登録したからといって、必ず治験に参加しなければいけないわけではありません。また治験への参加を強制することも絶対にありません。
佐賀で治験に参加。ついでに行きたいこんな名所
佐賀県での治験の際に、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
☆情報は記事掲載時点のものです。詳細は公式サイトなどで事前に確認することをおすすめします。
国立病院機構 佐賀病院周辺
佐賀県佐賀市
佐賀城跡 / 佐賀城公園
佐賀県佐賀市城内
佐賀市のシンボル佐賀城跡の公園
佐賀藩・鍋島氏の居城だった佐賀城。明治期の焼失により、今、城郭は見られないものの、1836年に建てられた鯱の門(しゃちのもん)と続櫓(つづきやぐら)、石垣が現存しており、国の重要文化財に指定されています。
佐賀城跡を中心に、三方を濠に囲まれた広々とした佐賀城公園内には、博物館や図書館などの文化施設があり、自然豊かな学びの場として知られています。
春にはお堀一帯が桜やツツジの名所となり、観光客や地元の人々の憩いの場となっています。
佐賀城本丸歴史館
佐賀城公園内に、佐賀城本丸御殿の一部を忠実に復元し建てられたのが佐賀城本丸歴史館。本丸御殿の復元としては日本初、木造復元物としては日本最大規模を誇っています。
歴史館には畳敷きの長い廊下(45メートル)や320畳の大広間などが広がり、心地よい和空間を体験できます。また幕末・維新期の佐賀の歴史や偉人について、3D画面やクイズコーナーなどを使い、わかりやすく学べるよう工夫されています。
巨石パーク
佐賀県佐賀市大和町大字梅野329-5
古代のロマンが息づく巨石群をめぐりパワー浴
佐賀市の大和町、標高200~350メートルの地にある、パワースポットの森とは?
それは、「肥前風土記」にも記されている歴史ある巨石群(巨石パーク)のことです。
昭和10年に地元の新聞記者によって巨石群が発見され、大勢の人が見物に押しかけました。第2次世界大戦の混乱で忘れ去られた存在になりましたが、平成7年、“巨石文化のテーマパーク”をうたう「肥前大和巨石パーク」として復活しました。
「巨石パーク」には、10メートル以上もの巨大な岩がありのままに点在しており、その数は17基。古くから肥前国一宮である與止日女神社(よどひめじんじゃ)のご神体と考えられており、形が神様の頭に似ていることから名づけられたという「神頭石(じとうせき)」、「道祖神石」、石神様が航海に使用したといわれる「御舟石(みふねいし)」、天地万物をつくったという「造化大明神(ぞうかだいみょうじん)」、「烏帽子石(えぼしいし)」「御座石(ございし)」などがあります。
現在、巨石パークを巡る登山道が整備されていますが、手軽な公園というよりはアップダウンのある登山のための場所と言ったほうが近く、観光時には動きやすい服装と靴の準備をしたほうが良いでしょう。
中腹には釣り体験コーナーや、多目的広場などがあり、賑わっています。
佐嘉神社
佐賀県佐賀市松原2-10-43
国内初の反射炉を建造。名君を祀る神社
幕末に活躍した、旧佐嘉藩第10代藩主鍋島直正と11代直大を祀る神社です。直正は日本で初となる反射炉を作らせ大砲を製造。近代日本の技術の発展、西洋医学の普及、日本の近代化に貢献したことで知られ、その功績を称えて「国家のために特別な功労があった人物を祀る、旧社格・別格官幣社」として祀られています。
文化、交通、学問の神とされ、鍋島家の祖先を祀る松原神社をはじめ境内の8つの社を全て巡ると大願成就すると言われています。
元旦には午前零時の時報を合図に8発の祝砲が打たれる「カノン砲祝砲神事」が行われます。
古湯・熊の川温泉郷
佐賀県佐賀市富士町大字古湯
厚生省から国民保養温泉地として指定
嘉瀬川の上流、標高200mほどの地にある「古湯温泉(ふるゆおんせん)」。佐賀市内にありながら、都会の喧噪とは無縁のいで湯として人気です。
古湯温泉の歴史は古く、伝説によると、約2200年前に秦の始皇帝の命で来日した徐福が発見したと言われています。
泉質はアルカリ性単純温泉。約38度のぬるめの泉温と、ぬるぬるした心地よい肌触りが特徴のため「ぬる湯」と呼ばれています。
風光明媚な温泉街は、湯治客だけでなく、多くの芸術家をも魅了しており、画家の青木繁や、アララギ派の総帥として日本歌壇の最高峰といわれた歌人の齋藤茂吉らの曽遊の地として知られています。
熊の川温泉郷は、821年に空海が発見したとされています。川の氾濫や洪水により水没と再興を繰り返してきましたが、明治40年に大規模な改修をして温泉の面目を一新。今に至っています。
名湯・古湯温泉よりも佐賀市に近く、地の利が良いため、気軽に行ける温泉として賑わっています。泉質は古湯温泉と同じく38度のぬる湯です。
昭和41年7月、厚生省から、「古湯・熊の川温泉郷」として、国民保養温泉地の指定を受けました。
佐賀市の焼き物、工芸品
佐賀県を代表する工芸品と言えば陶磁器の伊万里焼、唐津焼が有名ですが、佐賀市にも特筆すべき工芸品が揃っています。
佐賀錦
ハンドバッグ、財布、帯締めなど、さまざまな商品に用いられ、その美しさで人々を魅了する鹿島錦・佐賀錦。金箔を貼ったり、漆を塗った和紙を細く裁断し、絹糸とともに織り上げる錦織りのことです。その繊細で華麗な幾何学的文様は日本手芸の極地と絶賛されています。
肥前びーどろ
江戸末期からの歴史がある「肥前びーどろ」は佐賀市の重要無形文化財。型を用いず息の吹き込みだけで成形するジャッパン吹きという技法で作られています。優雅な形と赤や青の鮮やかな色が魅力です。
肥前名尾和紙
佐賀県重要無形文化財に指定。
300年の歴史を持つ、名尾の手すき和紙。繊維の長いカジの木の栽培から紙ができるまでの全工程を佐賀県名尾で行います。壁紙やランプシェード用など、さまざまな作品を制作しており、ワークショップも開催。
かつては100軒もあった工房が、現在では1軒だけとなっています。
名尾手すき和紙
佐賀県佐賀市大和町大字名尾4756
国立病院機構 肥前精神医療センター周辺
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町
吉野ヶ里歴史公園
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1843
邪馬台国を彷彿とさせる、古代ロマンが広がる地
吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)は、神埼市と吉野ヶ里町にまたがる、全長2.5kmの壕に囲まれた日本最大規模の弥生時代の環壕集落(かんごうしゅうらく)跡。1986年から発掘調査が開始されて以降、調査は継続されていています。
弥生時代中期の王の墓と考えられる墳丘墓(ふんきゅうぼ)から、高度な技術を要する有柄銅剣やガラス製の管玉などが出土しており、中国大陸や朝鮮半島との交流をうかがうことができます。
平成元年に一般公開されたときは、中国の史書「魏志倭人伝」に記された邪馬台国の姿を彷彿させ大きな話題となりました。
吉野ヶ里遺跡は貴重な文化遺産を保護するために整備され、平成14年に「吉野ヶ里歴史公園」としてオープンしました。
広大な敷地を入口ゾーン、古代の森ゾーン、環壕集落ゾーン、古代の原ゾーンに分け、森や植栽を再現して主祭殿をはじめ物見櫓(ものみやぐら)や竪穴式住居(たかゆかしきじゅうきょ)、高床倉庫(たかゆかそうこ)群を復原展示しています。
国立病院機構 嬉野医療センター周辺
佐賀県嬉野市嬉野町
嬉野温泉
佐賀県嬉野市嬉野町
日本三大美肌の湯、「佐賀・嬉野温泉」は登録商標
街の中心地に沸く温泉地で、九州でも有数の大温泉街です。
嬉野(うれしの)温泉の歴史は古く、肥前国風土記(713年)に「東の辺に湯の泉ありて能く人の病を癒す」と記されています。
地名の由来は、その昔神功皇后が戦いの帰りにこの地に立ち寄り、川中に温泉が湧き、白鶴が元気に飛びたっているのを発見。その湯が負傷した兵士の傷を癒したのを喜んで「あな、うれしの」と言ったことから命名されたとか。
江戸時代には長崎街道の宿場町として栄え、文政9(1826)年にはシーボルトも訪れたそうで、商店街中心部には「シーボルト」の足湯があり、無料で利用できます。
温泉は、源泉温度85~90度、泉質はナトリウム炭酸水素塩・塩化物泉、リューマチや神経痛、皮膚病、飲むと胃腸病に効くと評判です。
轟の滝公園
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿丙163-1
嬉野温泉の温泉街から1キロ南へ。塩田川の上流、塩田川と岩屋川内(いわやがわち)川との合流付近にあるのが轟(とどろき)の滝です。轟の滝は、三段の滝から形成されており、平坦地にある滝としては珍しく落差11m。水が流れ落ちる音が、雷が轟くようであるところからこの名前がつきました。
周辺は公園になっており、嬉野温泉から湯上がりの散歩に訪れる観光客も。
滝の下流にある滝見橋は、滝を眺める絶好のポイントです。
名産はお茶「嬉野の茶」
嬉野茶商工業協同組合
嬉野の名物といえば、温泉とお茶
段々と広がる茶畑は嬉野を代表する風景です。
嬉野茶の本格的な栽培は、慶安年間(1648〜51)、地元の民謡にもなっている茶祖吉村新兵衛によってはじまったとされています。脊振(佐賀県の日本茶の発祥地)から茶種を取り寄せ、お茶の栽培には適地だった嬉野温泉の山間部にある不動山に蒔いたことから今日のようにさかんになりました。
国の天然記念物に指定されている「大茶樹」もこの時代のものと言われています。
嬉野には、特産の嬉野茶を使った名物があり、ひとつは「茶しゃぶ」。これは、厳選した豚肉をうれしの茶で作った茶汁でしゃぶしゃぶにするもの。お茶にはビタミンCが多く含まれ、消臭作用や脂肪を落とす効果もあり、さっぱりといただくことができます。
もうひとつは「茶風呂」。嬉野茶を浸した露天風呂は、お茶が持つビタミンCや殺菌作用があるカテキンの効果でお肌に良いと、とくに女性客に評判です。
日本茶の栽培発祥の地は佐賀県です。建久2年(1191)、栄西禅師が宋から茶の種子を持ち帰り、脊振山麓(現在の佐賀県神埼郡吉野ヶ里町)に蒔いたのが、日本茶のはじまりと言われています。
新しい薬を誕生させるために行われる「
治験」についての説明は公的機関の情報もご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/fukyu.html